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「一生懸命」<「普通」

Photo by: Mad Wraith

どうも、定時あがり系エンジニアのきたむらです。

今回は、エンジニアだったらみんな嫌いであろう概念、「努力」について考えてみます。 

努力っていちいち口に出して人にアピールするものなの?

自分は、日頃まわりで「○○ができるようになったんだね。すごいね」「うん。ありがとう。けっこう苦労して頑張ったんだ〜」、「××になるために○○をやり始めたんだ〜」「へー、○○をやってるんだ〜。頑張ってるね」
みたいなやり取りを聞きつつ、「いや、そんなの、できてること(実践していること)自体が普通だろ」みたいに思うことがよくあります。
もともと出来ていたり、実践している人からすると、ダメな状態からダメじゃない状態になった——マイナスから0の状態になっただけで、自身からすると当然のことで、特にすごくも何ともない、という感想になってしまいます。
普通にできている側からみると、こっちはそもそもできているのに、できるようになった人がチヤホヤされているのは面白くない、と感じてしまいます。(よくみる、ヤンキーが改心して真面目になれば評価されるような、例のアレみたいんなもんです) 

ハミガキ理論

そこで、自分で勝手につくったハミガキ理論という例えがありまして、
「まわりのみんなに口臭で迷惑かけたくないから、毎朝頑張って歯磨きしてるんだ〜」
と隣の人からいきなり言われても
「いや、朝起きて歯を磨くなんてみんなやってる当たり前のことだろ、お前は幼稚園児か」
と一蹴するだけで終わってしまいます。
毎朝起きて、顔を洗って歯を磨くのは、当たり前のようにやっていることなので、ことさら努力や頑張りなどというものは、そもそも意識すらしていないと思います。(めんどくさい、と思うことはあると思いますが…)
上記の例のように、自分の中ではすごく努力したり頑張ったりしたとしても、他の人からしたら、「なにをそんな当たり前のことをいちいち言う必要があるんだ」と鎧袖一触(がいしゅういっしょく)にされてしまいます。
はたから見る分には、普通にクールにしていて何の変哲もない人と、歯を食いしばりながら一生懸命努力したり頑張ったりして貪欲でアグレッシブに見える人がいたら、後者の人を高く評価してしまいそうですが、じつは、普通に何事もないようにしている人は、そのアグレッシブな人のやろうとしていることを、努力や頑張りを意識せずに、当たり前のように実践実行しているのかもしれないのです。
もしそうだとしたら、すでに実践実行している人の方が能力的には上ということになります。 

努力より習慣化が大事

コンサルで有名な故船井幸雄さんがよく書いていた「癖づけ」という概念で
何かを習得するには、それを習慣化するのがいい、という考えがあります。
楽器がうまくなりたかったら、ひたすら練習するしかないですが、
練習すること自体を歯磨きをするかのごとく生活習慣の一部としてしまえば、
ことさら「よーし、今から練習するぞ!」という気合いや努力をせずとも上達できるようになる、という寸法です。
なので、「努力」というものを意識している時点で、まだまだダメなんです。
「そんなことはすでに当たり前のようにやっているよ」という「普通」な人の方がすごいのです。
少し前に、”趣味でコードを書かないプログラマは何をやってもダメ”という文章を見ましたが、一生懸命頑張ってやろうとしている時点で、当たり前のようにそれをやっている人とはもう差がついてしまっているのです。

ただ、この手の話は生まれ持った才能というか、人によって向き不向きがあって、後天的にはどうにもならない部分もあるので注意が必要です。

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著者きたむら

プログラマー的なサムシングにして歩くホワイト企業

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